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HABA社の木の食材 [子どもグッズ]

子どもは刻々と言葉も行動も変化してくのが、すごいと思う。成長という言葉で一くくりにできる変化とは、少し違う気がする。

大人に比べて固定していないというか、変化の幅が広いというか、揺らぎがあるというか。どのような振れ幅にあっても、その子自身である流動的な存在なのだ。

おもちゃひとつとっても、「この子はきれいな色で本物そっくりのおままごとグッズが好き」とか「ひとりで想像しながら人形遊びをするのが好き」なんて親が思っていたら、1ヵ月後には、違う好みを示している。以前にはちょっと触っただけでそっぽを向いていたおもちゃで、熱心に遊んでいたりする。そのおもちゃが、親にとってはあまり趣味のいいものでなかったら、別のものを与えたくなるのだけど、それで遊ぶことがいまのその子にとってぴったりくるのであれば、それがいいと思うしかない。

ほんとうに、子どもをありのままに見るのは、やさしいことであると同時にむずかしいことでもある。ありのままの子どもを、「いまのあなたが愛しい」といい続けられる親でありたいと思う。

HABA社のおもちゃは、なにげなく買ってきたもの。ちょっと前は並べてあるだけだったステンレスフライパンや鍋に、ビー玉や折り紙を入れて「お料理」しはじめたので、こんなのがあったら楽しいな、と思って買ったものだ。そして、いまの彼女のツボにきっちりはまったらしい。必要以上にリアルさを追求していない、幾何学的なところもいい感じだ。
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ノアの像を食われた! [番外編]

私のHPのトップページには、ウィンドウで開く買い物日記がある。そこに、ガチャガチャの本についてきた限定フィギュア「ノアの神」(ウルトラマンの石像)について、「これが、私のフィギュアコレクションのはじまりだった」と書いておいた。

ほんとうに大切にしていたのだ。

そのノアの神の像、じつはいまは右手を失っている。青い石を掲げていたほうの手だ。
なぜか。
うちの10ヶ月になるビーグル犬・グルーが食ったからだ。

このグルー、ほとんど「高貴」と言える顔をしているくせに、頭の中は99%食いもののことしか考えていない、食いしん坊。私が留守にしているあいだに、3歳の娘が棚に並んでいたノアの神を落とし、落ちていたノアの神の右手をグルーが食い、娘は気がついてあわてて棚に戻したまま、私に説明するのを忘れていたのだった。

大切であるがゆえに、あまり目の届かない棚に置いておいたから、しばらく気がつかなかった。ふと気づいたときに、「あれ、ノアの神の右手は?」と子どもたちに聞いて、グルーが食ったことが判明。「そーいえば、数日前のグルーのウンチのなかに、青く光るものがあったような……。でも、そのへんに落ちていたBB弾と思って、新聞紙にくるんで捨ててしまった!!」

その後の私はえらかったと思う。「まだ燃やせないゴミに出していないかも」と、過去3日分の生ゴミとグルーのウンチが混ざったゴミ袋を開けて、必死にノアの神の右手を探したのだ。詳しく書くにはあまりにも尾籠な話なので、もうやめる。けっきょく、右手は出てこなかった。
そして私は、大の大人が物をなくして本気で泣くことを知ったのだ。「えーんえーん」と座り込んで泣く私を見て、子どもたちはおろおろし、私自身もびっくりしていた。

そのときから数ヶ月たつが、まだこうして思い出すと心がしくしくする。そう、私はいままでも「コレクションなんて捨てなさい」と言ったことは一度もないけれど、今後も決してそんなことは言うまいと思う。そして同時に、ペットの犬はかわいいけれど、やはり畜生なのだと痛感したことも事実なのだった。

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これがグルー。かわいがっているけれど、あのことだけは許せん。

上野公園と博品館のカエル [カエル]

右側のぬいぐるみっぽいカエルは、新橋おもちゃ屋さん、博品館を子どもといっしょにぶらぶらしているときに出合ったカエルだ。子どもは巨大トトロを、お年玉全額を投入して購入したのだけど、私はこの小さなへにょっとしたカエルが手放せなくなってしまった。ぬいぐるみのカエルって、そばにいてほしい感じのが少ないのよね。

左側のカエルは、上野動物園で買ったもの。上野動物園内のショップも最近はかなり洗練されてきているけれど、買いたい気持ちになるものはまだまだ少ない。近くの国立科学博物館のミュージアムショップでは私は物欲の嵐にさらされるのに……。それはともかく、このときは子どもが毒蛇のぬいぐるみを「ぜひに」と懇願するので購入し、私はこのチャチだけど妙に愛嬌のあるカエルを握り締めていたのだった。このカエル、下の写真のように、口を開けさせると真っ赤な口の中が見えて赤いランプがともり、「ゲロッ、ゲロッ、ゲロッ」と鳴く。
いまはトイレにいるので、家人が長時間こもっているときには、ときどき「ゲロッ、ゲロッ」という声が聞こえてくるのだ。
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ロボット型の棚「ロビット」 [インテリア雑貨]

キッチンの脇に、エプロンやビニール袋や料理本を置くための棚があって、スチール製のそれがいかにも「仮」の状態でいやだった。
いつかなんとかしたいと思いながら、何年かたっていたのだが、いま、そこにおいてあるのがこの「ロビット」。

もともとは、子ども用の家具だ。静岡エテというメーカーが作っている。遊び心のある、おもしろい家具をデザインしている。

子ども部屋をいかにも子ども子どもにするのは、私はそれほど好きではないので、「かわいい家具だなあ」と思いながら子ども部屋に置くことは考えなかった。でも、キッチンになら、この遊び心は楽しい!

いま、彼は頭にオーブントースターを載せ、口からはティッシュを吐き出し(そういうつくりなのだ)、台所の主となっている。隣に立っている娘は身長100センチ弱。とてもコンパクトなロビットくんだが、この倍くらいあったスチールの棚に置いてあったものが、きちんと入っている。

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マッターホルンのスノードーム [インテリア雑貨]

自分の好きなものの傾向って、人から指摘されてはじめてわかることがある。

私の場合、数年前に「ゆれるものが好きなんですね」と人から指摘されて、「ああ、私って揺れるもの好きだったんだ」とはじめて理解した。ロッキングチェア、モビール、木馬などが好きだったのは、揺れるからだったんだ。夢はかなっていないけど、「子どもが生まれたら、庭の木にぶらんこを作って、乗せたいな」という願いもあった。ブランコが好きなのは、乗るのが好きというより、揺れるブランコを眺めたかったんだなあ。

さて、「揺れるもの好き」と自覚して、もうひとつ気づいたのは、「封じこめられているもの好き」。ミニチュアの人形の家にしても、小さくて精巧だから好きというだけでなく、そこに世界が封じ込められている感じが好きだったんだ。

スノードームが好きなのは、だかららしい。カエルのスノードームは紹介済みだが、最近、マッターホルンが封じ込められているスノードームを発見して、大喜びで購入してしまった。

どうやって作るのか不思議なガラスのスノードーム。マッターホルンは下面が凸状に膨らんでいるわけで、全体が一体になっている。「クラインの壺」なんてことを思い出してしまった。

けっこうおおぶりなので、いったん雪を降らせると、いつまでも吹雪がつづく。ガラスの山は凍りついた無人の山脈を思わせる。いつまでもいつまでも、眺めては雪を降らせたくなる。

メーカー名は、スイスだからドイツ語かしら、読めない。Handarbei・Duben-dorfと書いてある。


吹雪が収まってくると……


山が姿を現す


ホットサンドメーカー bawloo [キッチングッズ]

子どものころ、朝食のときに母親が「今日はバウルーにする?」と訊いてくれた。
バウルーが大好きだった私は、いつも大喜び。
中身にチーズやハムを入れたり、ただバターを中に入れるだけだったりした、ホットサンド。ほかほかで、パリッとしていて、ほんとうにおいしかった。

中学生になるころには、いつのまにか朝食にバウルーが登場しなくなったのはなぜなのだろう。
ちょうどそのころ、新宿高野のフルーツパーラーで、鶏肉のクリームソースが入ったホットサンドも好物だったのに。中学生にはあまりにも高価で、数ヶ月に1度、家族で出かけたときだけのお楽しみだったっけ。我が家では、なんで作らなかったんだろう。

そのまま忘れていたのだが、つい最近、姉の家でホットサンドメーカーを見かけて、急にほしくなってしまった。姉の家は、家電っぽい電源コードのついたメーカーだったのだけれど、私は昔使っていたようなガス火にかける、フライパンが二枚あわさったような、ごつい「あれ」がほしかった。ネットでうまく見つけたのが、これ。

「あった」と見つけたそのときに、30数年来、誤解があったことも知ったのである。

我が家で「バウルー」とは「ホットサンド」のことであり、何語だか疑問に思うまでもなく、そういう名前なのだと思っていたけれど、バウルーbawlooとは、この道具の名前だったのだった。このバウルーを買った「びっくりキッチン」というサイトによると、ブラジルサンパウロ州、バウルー村出身の学生さんが、このトースターを利用してパンを食べていたのがブラジル全土に広まったのだとか。

この勘違い、同じ経験のある人がけっこう多いんじゃないかしら。

久しぶりに作ったホットサンドは、やっぱりおいしかった。私の子どもたちも、数十年後に「お母さんの作ってくれたバウルー、食べたいな」と思ってくれるかしらん。


江戸屋の洋服ブラシ [洋服関係]

前々からほしいと思っていたけれど、買いそびれていた物は、誰にでもあるだろう。
私の場合、そういう物のうち、家事用品は、自分が原稿を書いているときに「試してみなければ」と自分に言い聞かせて買うことが多い。

洋服ブラシも、そのひとつ。
母親と同居しているときには母のものを使っていたのに、独立以来、使わなくなってしまった。いつも使っているのは、毛玉を取るためのブラシだけ。これでカシミヤコート手入れしていたのだから、ちょっといいかげんだ。

で、いま書いている原稿に洋服ブラシを登場させたのがきっかけで、あわててネットで探してみたのがこれ。
ハンズネットのお勧め品で、なにやら薀蓄がいろいろあるのだが、「手植えの豚毛」に惹かれて買ってしまった。

これで洋服をすりすりするのも気持ちいいけど、皮膚をすりすりしても気持ちいい。写真ではわかりにくいけれど、これ、けっこうおおぶりなのだ。毛足は5センチは軽くある。やわやわ、さらさら、でも腰はしっかりある。あー、久しぶりに、お風呂で身体をこするブラシも買ってみようかしらん。


かえるの指貫 [インテリア雑貨]

このところ、かえるグッズに出合う頻度が高い。
探しているわけではないのに「これ」というものが目に入ってしまうのだ。

この指貫、ミニチュアのドールハウスグッズを売っているネットショップを眺めていたら、「指貫」という項目があったので、なんとなくクリックしたらでてきたもの。指貫って、コレクションしている人がけっこういるらしい。私の60歳代の知人も、玄関先にずらっと並べて飾ってあったっけ。

コレクションアイテムとして作られたらしい指貫だが、ごつごつしたところがなかなかいい。かえるの王子は金のボールを抱えているのが定番スタイルなのに、このヒトは思索しているところも、いい。

イギリス製で、「Warwick Model Thimbles」と書いた札が入っていた。店名らしい。

ところで、日本の指輪型指貫しか使ったことがない私。キャップ式のヨーロッパの指貫って、どうやって使うのかしら。そもそもどの指にはめるのかしら。


ポワンポワンのハンカチ [日用品]

数年前に、小田急デパートで刺繍のハンカチを見かけた。ブルーミング中西というエーカーが作っているもので、ベトナムで手刺繍しているポワンポワンというブランド
これが、ほんとうにきれいなのだ。江戸刺繍を思わせるほど。

それで、「これからはハンカチはこれでいこう」と決めて数をそろえ始めたのだが、なかなかデザインの数がない。数があっても、気に入った柄でなければほしくない。ブルーミング中西が六本木ヒルズに出している店まで足を運んだのだが、せいぜい2枚しか買い足せなかった。

ところが、先日、新宿伊勢丹を歩いていたら、ポワンポワンらしきハンカチがいっぱい並んでいる。もう嬉しくて、待ち合わせもほったらかして近づいたら、やっぱりそう。見たことがない柄がたくさんあるので店員に聞いたら、「伊勢丹オリジナルデザインです」とのこと。
やっぱり伊勢丹はいいなあ。例に漏れず新宿伊勢丹ファンの私は、あらためて思ったのだった。

こういうふうに、ふだんとても気に入っているものを、お店も気に入っていることがわかるのって、とても嬉しい。しかも、こうやって一所懸命探している物を、お店が特別扱いして展開してくれていると、「もう、好きにして」と身を任せたくさえなる。
お店と「私」との幸せな関係って、こういうことなんじゃないかしら。お店の人だって、オリジナルデザインまで作った品物を喜んでくれる客がいないと、張り合いがないものでしょうしね。


amadanaの電話機 [インテリア雑貨]

家電デザインのつまらなさについては、わざわざ私が大声で言わなくても、ちょっとデザインに関心のある人ならば誰でも実感しているのではないか。つまらないつまらないとがっかりしつつ、一時期は外国の製品を探していたのだけど、デザインはよくても性能が日本の物に比べてかなり劣ることが多くて、困っていた。
デザインを優先して外国製品を買ってみたけど、けっきょくまずは性能および使い勝手がたいせつなんだ、と確認するだけの結果に終ったこともある。

この数年は、デザイン家電がいろいろ出てきたけれど、同じ悩みがあった。いくらデザインがよくても、かっこよさだけでは日々の道具はダメなのよ……。
何度かがっかりを繰りかえして、最近はデザイン家電への関心がなくなっていた。
だが、このあいだ秋葉原を歩いていて、ヤマギワリビナの前を通りかかったのが、ふたたび関心を取り戻すきっかけになったのだった。
ショーウィンドウに飾られたamadanaの製品に心惹かれて、ふらふらと中へ。関心を失っていた1,2年のあいだに、デザイン家電はかなりな進化を遂げていた。

いろいろなメーカーがあるなかでも、amadanaはなにやら特別な感じがする。「どうだー! スタイリッシュでしょう」と声高に主張するいやらしさがないのだ。
ちょうど壊れかけていたオーブントースターと、呼び出し音がどうしても嫌で気になっていた電話機をゆっくり眺め、「これなら、失敗しないかもしれない」というニオイを感じて、買うことに決定。
念のため、「amadanaって聞いたことがないんですが、家電の性能としては大丈夫なんですか」と若い店員のお兄さんに聞いたらば、「大丈夫です」という、大丈夫だかなんだかわからない返事が返ってきたが、まあもう買う気になっていたのだから、「ではお願いします」と頼んだのであった。

家に帰って使ってみての感想は。性能面、使い勝手、まったく問題なく、デザインのかっこよさがとにかく嬉しい。なにより、余計な機能がついていないのが、ありがたい。
前回の子ども椅子の横にあるテレビ台の上においてあるのだけど、我が家の居間に違和感なくすんなり溶け込んでいる。
オーブントースターについては、『ニッキンマネー』で報告したい。


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